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大阪地方裁判所 昭和31年(行)32号の6 判決 1960年9月19日

原告 貴志薫太郎

被告 大阪国税局長

訴訟代理人 藤井俊彦 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和三十一年三月二十二日付で原告の昭和二十九年分所得税に対し所得金額を金三〇七、四七〇円となした審査決定中、金一八二、九二八円を超える部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求原因として、

原告は所轄の布施税務署長に対し、原告の昭和二十九年分所得税の確定申告として昭和三十年三月十五日付で所得金額を一八二、九二八円と申告したところ、同税務署長は同年四月二十七日右金額を三〇七、四七〇円と更正決定したため、原告は同年五月十六日再調査の請求をしたが、該請求は同年七月四日棄却された。そこで原告はさらに被告に対し同年七月十四日審査の請求をしたが、被告は昭和三十一年三月二十二日原告の右審査の請求を棄却した。しかしながら原告の当該年分所得金額は前記確定申告のとおりであるから、これを超えてなした被告の決定は、その超過限度において違法であり、これが取消を求めるため本訴請求に及んだ。なお被告主張事実中、掛買分仕入金額について、前田敬商店よりは金四〇八、八一〇円、大一商店よりは金二六、三〇二円が実際で、大阪建具株式会社よりの掛買仕入分は全くない。また被告主張の差益率(荒利益率)は否認する。元来建具というものは直接一般需要者に買入れられることは殆んどなく、家の建増し、修繕あるいは新築等の際、大工の手を経て設備されるのが通常であるが、原告の場合においては常に大工に対して売り掛けていた関係上直接一般需要者に販売するときに比べ相当の値引きを認めざるを得ず、さらに現金売りの場合の値引きをも考慮すれば到底被告主張のような高率の差益率による収益を挙げることはできなかつた旨述べたほか、その他の事実はすべて認めた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁ならびに主張として、

原告の請求原因事実中、被告のなした決定が違法であるとする点を除き、その余の事実はすべて認める。本件審査決定はつぎの理由によつて何ら違法な点はない。すなわち、

原告は肩書地において建具類の小売を営む者であつて、昭和二十九年分の営業については売上帳および現金出納帳、ならびに売上、仕入に関する領収書等の大部分の保存が一応なされており、原告が被告に提出した昭和二十九年分所得税審査請求書に添付の収支計算書によれば、収入金額一、二七〇、五四三円、必要経費一、〇八九、八一五円、所得金額一八〇、七二八円となつていたが、原告の帳簿記帳は原告の保存する伝票等と照合したところ一部不符合があり、また、原告計算による荒利益率は僅か一六%に過ぎないが、これは建築業者に販売する場合の程度のもので著しく低率である等の事情から、原告の申立をそのまゝ信用することができず、改めて次のとおり原告の所得金額を推算した。

(一)  仕入金額 一、二九二、〇五五円

(イ)  掛買の分

前田敬商店からの仕入金額   四一四、九五〇円

長尾建具店    〃      四七、四〇〇円

宮本建具店    〃     三三一、九八〇円

前田政商店    〃      六一、四六五円

大一商店     〃      三六、二四五円

北野商店     〃      四八、七〇五円

裏野商店     〃       五、七六〇円

協和商店     〃       八、五五〇円

大阪建具株式会社 〃     二〇七、一五〇円

小計           一、一六二、二〇五円

(ロ)  現金買の分

二月             三四、五〇〇円

三月             一六、四〇〇円

五月              六、四〇〇円

八月              八、六五〇円

一一月             三四、六〇〇円

一二月             二九、三〇〇円

小計             一二九、八五〇円

(二)  荒利益率 二九・五%

原告の申立による荒利益率は建築業者に建具をそのまま販売する場合のものであるが、原告は元来小売商で直接一般需要者に小売し、その殆んどが注文者宅に建具を持参してはめ込み販売をするものであり、また建築業者に対する販売といつてもそれを裏付けるべき記帳もなかつたため、原告主張の荒利益率を採用するわけにもゆかない。そこで被告としては、大阪国税局作成の昭和二十九年分商工庶業等所得標準率表に記載されている同年度における建具小売商の荒利益率二九・五%をもつて原告の荒利益率と認定した。ちなみに右標準率表とは、各税務署における所得税調査事務に供するため、大阪国税局において各業種目ごとに地域差、規模差を考慮しつつ普辺的に資料を収集し、これに数理統計学の理論にもとずく処理を加え、基本金額(売上金または収入金)一〇〇円当りの標準的な差益金額あるいは差益金額より通常の諸経費を控除した所得金額等を算出して作成したものである。

(三)  収入金額 一、八二九、八六五円

原告の期首および期末の棚卸し高は、それぞれ一六八、〇〇〇円および一七〇、〇〇〇円であるから、販売原価は一、二九〇、〇五五円(168,000+1,292,055-170,000=1,290,055)であり、右金額を基礎とし、前述の荒利益率を適用して収入金額を算定すると、その額は一、八二九、八六五円(1,290,055÷(1-0.295)=1,829,865)となる。

(四)  必要経費 六九、三三〇円

荷造運賃        二四、八二〇円

水道光熱費        五、三五〇円

修繕費          三、五七〇円

雑費           三、九一五円

厚生費            八六〇円

組合費         一一、六四〇円

火災保険料(二分の一)  四、二〇〇円

事業税         一四、三三〇円

固定資産税(二分の一)    六四五円

(五)  所得金額四七〇、四八〇円

以上の収入金額から販売原価および必要経費を控除し、所得金額を四七〇、四八〇円と計算した。

以上のとおりであつて、本件審査決定において被告の認定した原告の昭和二十九年分所得金額は、右算出金額よりもさらに内輪に見積つたものであつて何らの違法はなく、原告の本訴請求は理由がないと述べた。

(証拠省略)

理由

原告は肩書地において建具類の小売を営んでいる者であるが、布施税務署長に対し昭和二十九年分所得税の所得金額を一八二、九二八円として確定申告したところ、同署長および被告がそれぞれ原告主張のとおりの更正決定、再調査決定および審査の決定をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで被告が原告の同年分所得金額を三〇七、四七〇円と認定してなした右審査請求棄却の決定の当否について判断する。

被告は本件における原告の所得金額の算定につき、原告の保有していた売上および金銭出納関係帳簿の記帳が信用できないとして、改めて原告の同年分商品仕入金額を認定し、期首、期末の各棚卸し高を参考に販売原価を計算したうえ、同金額を基準とし被告側で別個算出した荒利益率を逆算適用して総売上収入金額を定め、それから販売原価および必要経費を差し引いて所得金額を導き出す推計方式によつた旨主張し、原告はまたこれを争わないから、本件において被告が右推計方式によつたことは許されるものと考える。そしてその推計過程における各基準となるべき金額の認定につき当を得、かつ適用する荒利益率が合理的な根拠にもとずく計数であるならば、それによつて算出された所得金額は税務計算上充分妥当なものとして是認せざるを得ない。

さてまず本件において原告は、被告主張の掛買分仕入金額中、前田敬商店、大一商店および大阪建具株式会社の部分を否認しているので検討するに、前田敬商店については成立に争いのない乙第四号証と証人前田敬市の証言、大一商店については成立に争いのない乙第七号証と証人大西一郎の証言、大阪建具株式会社については成立に争いのない乙第九号証と証人野地諭の証言により、原告が同商店等から掛買で仕入れた金額はいずれも被告の主張するとおりであることを認めることができ、これに反する原告本人尋問の結果は根拠に乏しくて信用できず、ほかに右認定を覆すに足る証拠はない。よつて右認定金額に原告の既に認める被告主張のその余の仕入金額(掛買および現金買)を加えれば、原告の同年分仕入金額の総計は一、二九二、〇五五円と認められる。

つぎに原告の同年分所得金額算出にあつて適用されるべき差益率(荒利益率)につき考えてみる。

被告においては、右差益率は大阪国税局作成の昭和二十九年分商工庶業等所得標準率表(乙第十一号証)に建具小売商分として算定されている二十九・五%を至当とし、原告はそれを不当として抗争するのであるが、成立について争いのない前掲乙第十一号証の記載をみれば同年分建具小売商における差益率は二十九・五%と算定されていることは明白であるので、以上右差益率が合理的な計数であるか否かについて案ずるに、証人木田清蔵の証言(第一、二回)によれば、大阪国税局においては、管内各税務官庁が税務行政を行うに際し各納税者の事業所得金額を推計方式で算出すべき場合の便宜に供するため、毎年度各業種目ごとに、それぞれ地域差、規模差等を充分考慮しつつ、統計学上のいわゆる無作為標本調査方式を用いて調査対象を選定し、これらに対して各実額調査を加え、精度の高い資料を合計八十一標本にわたつて普辺的に収集し、さらに数理統計学による処理を通じて異常資料部分を除外し、こうして整理された資料にもとずき、各売上金額一〇〇円に対する売買差益の平均値を算出し、右所得標準率表を作成していることが認められ、このような方法によつて作成された前掲乙第十一号証に算定されている差益率による荒利益金額の推計は、特にその一般的な適用を阻げるべき格別の事情の存在しない限り、合理的かつ公正なものと解するを相当とする。

これを本件についてみると、原告は商品である建具類を直接一般需要者に販売することはなく、常に大工に対して売り渡していたため相当の値引きを免れなかつた旨主張して差益率を争つているけれども、仮りに原告が商品販売について普通価格より相当の値引きを実行していたとしても、前記所得標準率表による差益率は、前述のとおり各調査対象について実額調査した結果を参照して算定したものであるから、通常の値引き事実は当然汲み入れての割り合いとみるべきであり、したがつて値引き事実をもつて前記差益率を否定するためには、その値引きの割り合いが一般の場合よりさらに多いことについての立証がなされなければならないと解するところ、その点について何らの立証がなされないばかりか、かえつて原告本人尋問の結果によれば原告方商品の販売価格は付近同業者のそれと大差がない旨供述しているのであつて、いずれにしても前記差益率を争う原告の主張は理由がない。

してみると、他にその適用を阻げるべき格別の事情の存在について主張・立証のない本件において、前記差益率をもつて原告の昭和二十九年分所得金額算出の根拠とした被告の措置は妥当である。

そこで他に争いのない本件について前述の推計方式にしたがつて原告の昭和二十九年分所得金額を計算してみると

販売原価=(期首棚卸し高168,000円+仕入金額1,292,055円-期末棚卸し高170,000円)=1,290,055円

総売上収入金額=(1,290,055円÷〔1-差益率0.295〕)=1,829,865円

所得金額=(1,829,865円-〔1,290,055円+必要経費69,330円〕)=470,480円

と算出され、右金額よりさらに約三割五分程度内輪に認定した被告の本件審査の決定は相当であつてなんら違法な点はない。

よつて被告の右決定を違法とする原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 阪井いく朗 浜田武律)

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